有永 智洋

≪第十回 放課後ごえん分校≫ ごえん分校のルーツを辿る「有永 智洋さん」

こんばんわ!ごえん分校の金久保です!
音楽フェスから生まれたプロジェクト「ごえん分校」ですが、今では地域を盛り上げていくための勉強会、古民家の改修など、僕たちができることの半径を少しづつ広げてきました。

 

今回のプロジェクト成功によって、これだけたくさん応援してくださる方がいるということを再確認し、またスタッフ一同の大きな自信に繋がったことは間違いありません。

 

ごえん分校はこんなこともできるし、あんなこともできるんだよ!

 

それを最初に証明してくれたのは、ごえん分校がまだ始まる前にこの五日市でフェスの実行員を務め、ごえん分校開校のきっかえを作った音遊の有永さん。

 

「放課後ごえん分校」ではインタビュー形式で、ごえん分校のメンバー紹介を行っています。

どんなご縁でこの五日市でフェスが開催されたのか、そんなエピソードトークも一緒に話しを伺ってきました。

 

 

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7月某日。有永さんは五日市で開催されるあるイベントのスタッフとして現在は廃校となっている小宮ふるさと自然体験学校に来ているということで、お邪魔させてもらうことになりました。

 

 

養沢

 

 

一体ここはどこでしょうか…ここ東京なんですね。雑音は響かない、川の流れる音、鳥の鳴き声、自然の音しか聞こえないような静かな場所です。こんな場所に小学校なんかあるのかなぁと思いつつ。

 

 

小宮ふるさと自然体験学校

 

小宮ふるさと自然体験学校

 

 

ありました。山の奥の小学校「小宮ふるさと自然体験学校」に到着です。

*4年前に閉校してしまいましたが、学校自体はそのまま残っています。現在は旧小宮小学校の歴史の展示や小宮地区の自然や動物の展示などの見学することができます。

 

「Brand New Vibe」さんのファンクラブイベントがこの小宮小学校で行われているそうです。ちょうど体育館を使ってミニライブをやっている最中でした。

 

 

小宮ふるさと自然体験学校

 

小宮ふるさと自然体験学校

 

 

若い女性が多く、体育館に歓声が響き渡っていました。有永さんにはライブの合間にインタビューをさせていただくことにしました。

この日はあいにく教室は使用できず、校庭のど真ん中でお話を聞くことになりました。

 

 

金久保 > 今日はよろしくお願いします。これまで色んな方にごえん分校の話しを聞いてきましたが、きっかけとなったフェスについて教えて下さい。

有永 > 僕はいま音遊っていうイベント企画や運営を行っている会社に勤めてるんですが、神奈川由比ガ浜の海の家のライブハウスも毎年やってるんですよ。この海の家が木造建築になってるんですね。
その建物に使用する木材っていうのが、五日市から運ばれてくる多摩産材だったんですよ。当時この海の家OTODAMAが10周年を迎えたこともあって、それで「木材が川を上って里帰り」っていうコンセプトで木材の原点である五日市で『音霊 OTODAMA FOREST STUDIO』というフェスを開催しました。

金久保 > 多摩産材もフェス開催のきっかけになってたんですね!

結果このフェスで五日市に2日間で1万人の人が訪れたっていうのは本当に凄いことだと思います。

 

 

有永 智洋

 

 

有永 > 地域の方の協力体制のおかげだと思ってます。フェスを開催するまでには何回もこの五日市に訪れて、地域の方とミーティングを重ねたんですけど。当初は「五日市の大人たち凄いな」って圧倒されちゃいました。

時間も気にせずに集まってくれて、こっちからの無茶なお願いにも迅速に対応してくれたり。それで五日市のことは全然知らなかった僕も、この街のことが好きになりましたね。

 

金久保 > そのフェスからごえん分校へはどう繋がっていったんですか?

 

有永 > フェスでは大勢の方が五日市を訪れてくれたんですが、五日市の街とお客さんを結びつけることができなかったことが課題として残ったんですね。

フェス会場までの移動手段は送迎バスだったので商店街もそのまま通り抜けちゃうので。こんな素敵なところなのにお客さんは五日市の街と触れ合うことができなかったんですよね。

それでフェスが終わったあとに、海の家の多摩産材を使わせていただいていた中嶋さんから、「五日市の商店街を盛り上げるようにしたい」っていう話をされたんです。

それで僕から成木さんに話しをもちかけて一緒に地域を盛り上げる提案をするために再び五日市を訪れたんです。

 

 

有永 智洋

 

 

金久保 > そんなエピソードがあったんですね。有永さんがフェスの実行員をやってなかったらごえん分校はできてなかったのかもしれないですね。

 

有永 > 僕はフェスを通して街の人に気付きを与えたことくらいしかしてません。フェスによってあれだけ大勢の方が五日市を訪れて、地域の方は自分たちの住む街の可能性を感じることができたんじゃないかなって思います。

あれだけのイベントができる街として、その熱をそのまま五日市の町おこしにつなげたいという思いでごえん分校が始まったんです。

金久保 > 街の可能性。確かにこれだけの自然や文化の観光資源が揃っている街ですからね。活動当初からのごえん分校を見てきて、今の有永さんはどう見てますか?

 

 

有永 智洋

有永 > そうですね、当初はもちろん町内で名もない団体だったですけど、今では地域の多くの方はごえん分校のことを知ってくれていて嬉しいですね。ちょうど一年前にはこの小宮小学校で廃校フェスも開催して、様々な活動を続けてきましたが。次のステップなのかなぁと思います。

これだけのイベントをやってきましたし、ごえん分校として色んな繋がりを持つことができたので、地域の皆さんにはもっと自信をもって新しい企画に挑戦していって欲しいと思ってます。

 

 

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ごえん分校の始まりのきっかけを作った有永さん。ごえん分校の可能性について話しをしてくれました。過去にこれだけのイベントを企画・運営することは簡単なことじゃないし。それをやってきたのが「ごえん分校」なんだということは今後も忘れないで欲しいと語ってくれました。

 

壱番館のリニューアルオープンに合わせて次のステップに進むごえん分校。五日市がますます楽しい街になる予感。

過去のフェスを上回るようなイベントもまたいつか開催したいですね。

 

引き続きごえん分校メンバーにインタビューを続けていきます!次回もお楽しみに!

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